バイノーラルマイク WHISMR〈ウイスマー〉W-BM1 技術紹介

ヘッドホン再生と、スピーカー再生の違い

リスナーがスピーカで音を聞く場合、左チャンネルのスピーカの音は、リスナーの左耳に伝わるだけでなく、リスナの右耳へも伝わります(直接音)。一般的な部屋で聞いている場合は、更に壁や床、天井などからの反射音が加わり、複雑な伝搬をしています(関接音)。一方、イヤホン(ヘッドホン)再生では、再生される左チャンネル、右チャンネルの信号は、それぞれリスナーの左耳、右耳に伝わるだけで、それ以外の経路は基本的には存在しません。この様に、スピーカで再生する信号を聞いているときに加わる方向情報が左右の音に加わらない結果、再生音像が頭の中にこもったり(頭内定位)、音の方向感が出ないという点で、充分な臨場感を得ることができませんでした。

ヘッドホン再生(左)とスピーカー再生(右)の音の伝搬の違い

バイノーラル録音技術

上の説明の通り、一般的にヘッドホンやイヤホン再生では再生音は頭の中にこもって聴こえてきます(頭内定位)が、2ch.ステレオ録音をする際に、ダミーヘッドマイクロホンという人間の頭を模したマイクロホンを用いると、イヤホン(ヘッドホン)で再生してもリスナの頭の中に音像がこもらず、臨場感豊かな再生効果を楽しむことができます。これがバイノーラル収音再生方式と呼ばれるものです。

人は、音源の方向や広がり感を、左右の耳に入る音の強弱と時間の微妙なズレ、反射音などによって認識しています(上の右図)。バイノーラル録音は、この様な左右の耳で聞く微妙な特性の違いをそのまま録音する事ができ、再生音をヘッドホンで聴いた時自然な音の方向や広がりを感じる事が出来ます。

従来バイノーラル録音の課題

 ダミーヘッド等のバイノーラルマイクを用いたバイノーラル録音は、ヘッドホンで臨場感再生を実現する理想的な方法の一つと言えます。しかし、実用上は課題もあります。

リスナはどのような環境で聴いているの?・・・

 耳介を持つバイノーラルマイクによって収録された音は、その耳介等の影響により特徴的な周波数特性を付加します。この周波数特性が再生音に影響を与える場合があります。

 図は、Electronic Engineering, University of Yorkの測定データになります1。水色の特性は人の外耳道入り口での測定データで、ばらつきはあるものの、おおよそ4kHz~6kHzにピークを持つ事が判ります。この様な周波数特性を持つバイノーラルマイクで収音された音をスピーカなどで再生した場合、高音がきんきんした音に聞こえる場合があります。

 赤いラインは、イアシミュレータと呼ばれる疑似的な外耳道を持つタイプのダミーヘッドの特性で鼓膜位置に相当する特性になります、外耳道の共振により更にそのピークレベルが更に大きくなり、ヘッドホンで収音された音を聞く場合、外耳道の音が2回加わる事になり、補正が必要となります。

一方青いラインは著名な業務用ダミーヘッドのデータで、このピークがイコライジングにより補正されている事が判ります。

バイノーラルマイク(ダミーヘッドマイク)周波数特性

WHISMRが搭載する - バイノーラル補正フィルタ

 WHISMR〈ウイスマー〉W-BM1では、録音時に周波数特性を補正するバイノーラル補正フィルタ機能を搭載しています。例えば、配信など、聴き手の環境がヘッドホンだけとは限らない用途では、バイノーラル補正フィルタをONにする事で、スピーカーで聞いても違和感のない自然な特性で再生する事ができます。

 一方、個人で楽しむバイノーラル録音ライブラリや、リスナーがヘッドホンで聴くことが想定される場合では、OFFとした方が、よりリアルにバイノーラル再生を楽しめます。

バイノーラル補正フィルタの効果
バイノーラル補正フィルタ

バイノーラルフィルタの効果デモ

バイノーラルマイクロフォンWHISMR<ウイスマー>でステレオスピーカからの再生音を録音しました。バイノーラルフィルタOFF/ONでの録音です。一般にバイノーラルマイクロフォンによる録音は、周波数特性にバイノーラル特有特性である5kHz付近のピークがある為、スピーカーで聞いた場合には、中高域がややきつい音になります。(左の再生音)バイノーラルフィルタを入れる事により(右の再生音)、スピーカーで再生した場合も自然な音色で音を聴く事ができます。更に、どの様なヘッドホンを用いてもそのヘッドホン、イヤホンの個性がそのまま再現されます。

イヤホン、ヘッドホンで音が変わる・・・

 バイノーラルマイクによって収録された音は、ヘッドホンやイヤホンで聞く事で臨場感のかる音を再現する事ができます。しかし、ヘッドホンやイヤホンはそれ自体が固有の特性を持っているため、バイノーラルマイクの特性とも関連してヘッドホンやイヤホンの種類によっては音色に変化が生じたり、音の定位や臨場感が十分発揮されない事があります。

 例えば、図の青い周波数特性は、聴感平坦な特性を持つヘッドフォンの周波数特性、橙色と、黄色はイヤフォンの周波数特性例になります。(イヤシミュレータ使用特性)この例では、イヤフォンの場合、ヘッドフォンに比べ5kHz付近で大きなレベル差を持ち、この部分がバイノーラル特性の強調部分と重なって、高域に偏った聴こえ方になってしまう事があります。

ヘッドフォン、イヤフォンの周波数特性

バイノーラル補正フィルタで解決

 バイノーラル補正フィルタは、この場合にも有効です。”拡散音場タイプ”(例えばゼンハイザー社HD650など)などと呼ばれるフラットな特性を持つヘッドホンでは、バイノーラルフィルタOFFで録音再生する事で、最も自然な再生音になります。一方一般的なイヤホンや、ヘッドホン自体が高域が強調される特性を持つタイプの場合は、バイノーラル補正フィルタをONにして録音する事で、強調される帯域の重複を回避し、ヘッドホン、イヤホン本来の音質での聞こえ方に近い違和感のない自然な特性で再生する事ができます。

臨場感はすごいけど、いつも聴いてる音とは少し違う様な・・・

ダミーヘッドマイクに装着された耳や形状は、厳密には収録された音を聞く人が持つ耳とは異なります。このため、音の広がり感や聞こえてくる方向など聞く人により差が生じます。多くのリスナに効果的な臨場感を提供する為には、平均的な耳の形状を用いる事が必要となりますが、個人として精度の高いバイノーラル録音を楽しむ為には、イヤホンタイプのバイノーラルマイクを使う方法があります。この方法は、自分の耳にマイクを置き、自分自身の耳の形状をそのまま使って録音する事になります。

WHISMR/W-BM1の” 外部マイクロフォン端子”

WHISMRのW-BM1では、外部ECMマイク端子の搭載を予定しています。必要に応じて、イヤホンタイプのバイノーラルマイクを使用する事で、個人で楽しむ場合は、パーソナライズされた、よりリアルで高精度な録音を可能とします。

外部ECMマイク端子

耳だけのバイノーラルマイクでいいの?

ダミーヘッドマイクは、本来は耳を含む人の頭の形状に似せたマネキンの頭の形をしたマイクロフォンです。その為、実際に使おうとするとかなり大きく使う場所を選ぶかもしれません。また、使用する状況によっては周りの人に、不気味な印象を与える場合もある様です。これに対し、頭の形状を全て持つのではなく、耳の部分だけを人の耳に似せたバイノーラルマイクロフォンもあります。WHISMR〈ウイスマー〉もこのマイクロフォンの仲間です。この様な形状とする事で、形状も小さくハンドリングに優れたものになりますが、収音する状況によっては正面方向からの音に対する再現性が下がる可能性があります。(注:通常使用の場合、ほとんど気になる事はありません)その要因の一つは正面方向からの音の伝搬は音源から両耳に伝わる経路の他に、厳密には顔の表面に当たり、回折して両方の耳に伝わる経路もあるからです。頭を持たない、バイノーラルマイクロフォンでは、この正面方向からの音の伝搬がほとんど回折する事なく通り抜けてしまい、いわゆる”中抜け現象”と呼ばれる聴こえ方の原因になる事があります。

中抜け現象って何?

WHISMR/W-BM1オプション・フェイスマスク

WHISMRのW-BM1では、オプションパーツとして、”フェイスマスク ユニット”の発売を予定しています。フェイスマスクユニットは、本体に装着する事で、新たに正面方向の音源からの顔に当たり両耳に回折して入る音響パスを構築する事で、中抜け現象の改善を図ります。

W-BM1 オプションパーツ フェイスマスク

WHISMRの取り組み

WHISMR(ウイスマー)では、立体音響の楽しさをもっと身近に体感するため、残存する様々な課題を踏まえ、より多くの皆様に安定して良い音を届ける事を目標に、商品開発を行ってまいります。

参照

  1. ”A Perceptual Evaluation of Individual and Non-Individual HRTFs: A Case Study of the SADIE II Database”
    Cal Armstrong * , Lewis Thresh, Damian Murphy and Gavin Kearney AudioLab, Communication Technologies Research Group, Department of Electronic Engineering, University of York ↩︎